やっと出てきた解説編

どうも、新スタッフの濱口です。

そんなに引っ張れるネタでもないのに半月も引っ張ってしまいました。
>で、今回で濱口の書いたブログは12個目なんですが、
>その2番目の文字を並べると・・・
「じ寒係れ度算知知め宙途線」
となります。
仮名に直して2番目を並べても、順番を変えても意味は出てきません。
そこには何もないからです。

海皇紀」という本に
「人は自分の見たいものを見る」
というセリフがあります。
未来の地球で失われた「カガク」を探し求める女性が、
数百年生きているという魔術師と出会い、
「数百年も生きているのだから『カガク』を知っているに違いない」
と言ったのに対し、主人公が
「あいつはウソを言っている。人は数百年も生きない」
と共に言ったセリフです。
たしかに人が数百年も生きないというのは常識ですし、
そんなことを言う魔術師は胡散臭いですし、その魔術師を
信じるというのもおかしな話です。でもこの女性は信じてしまった。

「人は自分の見たいものを見る」については
現実にも有名な例があります。
占い師に「あなたのお父さんは死んでいませんね」と言われると
存命ならば「死んでいない」ので「はい」と答え、
亡くなっていれば「死んで(この世に)いない」ので「はい」と答える。
いずれにしても当たっており「ツカミはOK」というやつです。
ただこういう手を使うのは悪徳占い師が多いとか。
また消火器のセールスマンが「消防署の方から来ました」と言うのを
「消防署の関係者だ」と思ってしまう。実際には「消防署の方角から来た」
というだけなのに。
もっと有名なのは「オレオレ」とかかってくる電話です。
「オレオレ」とかかってきたら「誰だろう」と脳が検索し
「ああ、息子からだ」という結論に達する。赤の他人だとは微塵も思わない。
「見たいものを見る」というより脳の機能の1つという方が正しいかも。
そして「その2番目の文字を並べると・・・」という思わせぶりな言い方。
江戸川乱歩の「二銭銅貨」にも、最近見たバクマンの再放送でも似たような
暗号が出てきましたし、濱口の性格を知っていれば「何か仕込んだな」と
思うのも無理からぬこと。

こうして並べてみると悪いことばかりですが、わざわざ間違った方向に
導こうとするのですから悪だくみにはちがいないですから。

この種類の話は気をつけるしかないのですが、もっと気をつけないといけないのは
自分の行動について「自分の見たいものを見る」ことです。
ついつい自分の見たいものを見て、まわりが見えなくなることが多々あります。
「いつかデビューできる」と信じてずっと努力を続ける。物語ではよく見る話です。
「もう無理だ」とわかっているのに一縷の望みに「自分の見たいものを見て」ずっと
続ける。本人はいいのでしょうがまわりはいい迷惑です。

今を去ること4年前、自民党が政権を失う直前、自民党の法案に対して反対すると、
「だったら対案を示せ」
と言う。どの法案についてもそう。
当時はもっともだと思っていましたが、よく考えるとおかしな話です。
反対意見に対しての反論になっていません。
「ここが駄目だ」と言われたら「いや違う。これこれこうで、だからいいんだ」
と主張できなければ、国会では通ってもプレゼンでは通りません。
上司から「そんなものやめてしまえ」と言われるのがオチです。

きちんと吟味していれば、きちんと反論できるはず。それもできないような
世間的にはダメダメな法案でも、彼らはきっと国民のためを思って提出したんでしょうね(反語的表現)。
いやいやきっと民主党の質問が的はずれで答えるに値しない質問だったか、
あるいは質問に答えた議員が馬鹿なだけで法案自体はきちんと吟味されていたのでしょう。

あぁ、やっぱり「人は自分の見たいものを見る」