ある男の試射

どうも、新スタッフの濱口です。
前回、「そんなことはあり得ん!」という話4つのうち、
3つが実現したので残る1つ「日本銀行倒産」もあるかも、という
オチでしたが、もちろんそんなことは起こりません。
なぜなら4つの例は単に寄せ集めただけで何の関係もないからです。
ちょっと難しい言い方をすれば「互いに独立」だからです。
このギャグはイントネーションが肝なので文字で書くと何も伝わらないと
思いますが、専門的ギャグでいうところの「デターミナントがゼロでない」です。

つまり独立な事象は過去のデータは何の意味もありません。
「そんなことはあり得ん!」という話を100個集めて、そのうち99個が実現したとしても
残る1個が実現するというわけではありません。
逆に言えば、独立でなければ過去のデータから結果を推測することができます。
本日はそういうことをしている男の話です。

その男は同じロットの銃弾を2,000発買います。「ロット」とは製品管理の単位ですが
同じロットなら同じように作られており、上記の「独立でない」に相当します。
工業製品ではロットによる差はあまりありませんが、
たとえば和菓子の餡(あん)は日によって原料の小豆が違いますから、同じように作っても
同じ味にはなりません。とはいえ専門店ならば同じ産地の小豆、つまり同じロットの
小豆を大量に仕入れているでしょうから小豆の差はないかもしれません。それでも日によって
温度も湿度も違いますので、釜で炊く温度や時間を変えて、同じ味にするという
「プロの技」を使っているそうです。ですからほぼ同じおいしい味にはなるのですが
同じ味ではありません。この場合は一度に炊いた釜が1つのロットということになるのでしょう。

さて、その同じ性質である同一ロットの2,000発の弾丸を買った男は試射をします。
その数はなんと1,999発。つまり1発を残してすべて試射に費やします。
そして1発でもトラブルがあればそのロットすべてを破棄します。
それから、たぶんもう一度弾丸を買いに行くのでしょう。今度は別のロットを。
最終的に1,999発の試射で問題がなかったロットの最後の1発を仕事に使います。

なぜこんなことをするかといえば、絶対に失敗できない仕事だからです。
人間の作ったものに完璧ということはありません。必ず不良品が混じります。
ただ、普通は検査をしてから出荷しますので、不良品が出荷されることはありません。
その検査には2種類あります。破壊検査と非破壊検査です。
非破壊検査なら検査後も使えるので全数検査できるのですが、
破壊検査は検査すると使えなくなるので抜き取り検査しかできません。
全数検査すると出荷できるものがなくなってしまいます。
自動車の場合、ブレーキやウインカーは非破壊検査できますが、
エアバッグは一度使うと二度と使えませんので破壊検査です。

詳しいことは知りませんが、銃弾の場合、傷がないか、重心がずれていないかなどは非破壊検査
できますが発射されるか、まっすぐ飛ぶかなどは破壊検査になるはずです。
破壊検査ですから抜き取り検査です。ですからこれから発射する銃弾がきちんと発射される
保証はありません。それでこの男は自分で、できる限りの破壊検査をしているわけです。

1,999発が問題なく発射されたとします。
不良率を1%とすると、1,999発が問題なく発射される確率は
(1-0.01)1999=1.9×10-9
になります。この確率ではまず起こることはないでしょう。
つまり不良率は1%よりも小さいということになります。
そこで不良率を0.1%とすると
(1-0.001)1999=13.5%
です。ほぼ7分の1ですから起こってもおかしくありません。
この破壊検査により、不良率は大きくても0.1%と言えるでしょう。

つまり最後の1発を撃ったときには99.9%以上の確率で問題なく発射されます。
この男は、心配することなく仕事に専念することができます。

ちなみにこの男の名は「デューク東郷」。
ゴルゴ13」として知られる男です。
一撃必殺のスナイパーだからこそできる破壊検査でした。

ここからは蛇足ですが、実は濱口は「ゴルゴ13」を読んだことがほとんどありません。
上記のエピソードは中学の数学の時間に先生から聞いた話です。
本当に「ゴルゴ13」に試射するエピソードがあったのか、あるいは
生徒に興味を持たせるための先生の創作だったのかはわかりません。